「納沙布」について
1960年7月、日大芸術学部写真学科に入ったばかりの夏休み、初めて北海道の東端、根室の納沙布を訪れた。岬の沖合い3、7キロにある貝殻島周辺に越境したコンブ漁船が毎日にように、ソ連(当時)の沿岸警備艇にだ捕されるという現実があった。その苛烈な事実に強烈な印象を受けた。
幸運なことに、大学の先輩で辻正矩さん(故人)が根室在住で、そのお宅に居候しながら、その年の冬休みから卒業までに四季を通して約100日、東京から根室へ通いコンブ漁民の生活を撮影した。1963年6月、ソ連との民間によるコンブ協定が締結され安全に操業できるようになった。300隻が出漁した、その第1回目を撮るチャンスに恵まれた。
日本とロシアの北方領土返還交渉が問題となって久しい。ビザなし交流や北方墓参、相互訪問などの形で交流の輪は広がった。私もビザなし交流の代表取材の一員として択捉島へ行った経験がある。そんな交流もコロナ禍で中止、さらには今年のロシアのウクライナ侵攻である。3月22日、ロシアが対日平和条約交渉を継続しないという声明を発表した。
私が初めて納沙布を訪れてから、今年で62年になる。例年6月1日がコンブ漁の解禁予定だが、協定の継続ができるかどうか危ぶまれた。幸い、今年の貝殻島周辺のコンブ漁は3週間遅れたものの無事出漁した。しかしながら、今後の見通しは全く不透明だ。